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アメリカ高校留学体験談
尾形 麻実さん
Lone Peak High School(ユタ州)
私の留学は、英語よりも得たものが多かったと思います。留学と一言にいっても人によって違うもので、現地についてすぐに友達ができて最後まで楽しいことばかりで終わる人、滞在している間中泣いて泣いてただ辛いだけで終わる人とさまざまで、個人個人の考え方や性格により、ためになる留学、価値のある留学、無駄に終わってしま う留学などいろいろあると思います。
私は留学している間、悲しい時や苦しい時があっ たおかげで色々と考える機会が持て、また楽しい時や嬉しい時はその時間を思いっきり楽しむ、という具合に2とおりの時間を持てたことを今となっては嬉しく思います。その時間のおかげで自分のことをゆっくり考えたり周りをゆっくりと眺めたりと、とにかく今まで以上に自分を見る目、周りを見る目が変わったと感じます。しかもそれは、アメリカにいる時よりも帰国後に、今までの私の周囲、友達、学校、全てに対しての見方が一日一日変化していると強く感じます。これ以外にも文章で書き表せない ほどたくさん感じることがありました。
普通に日本の高校生をやっているだけでは会 えない人に会え、できない体験ができ、見えないことに気づけたことは本当にラッキーだと思っています。そしてその事に気づかせてくれたアメリカのホストファミリー、友達、その他出会った人々に心から感謝しています。もちろん日本にいる私の周囲の人全てに対しても同じです。これからこの貴重な1年間をステップに、長い人生を満 足いくまで頑張り続けようと思っています。
天野 夏希さん
Farmville Central High School
(ノースキャロライナ州)
2003年7月から、同じくカリフォルニア州での事前研修を経て、ノースキャロライナ州のFarmville Central High Schoolにて約1年間の貴重な高校留学生活を全うした、天野夏希さんの体験談をご紹介します。
私は去年、一年間アメリカ合衆国のノースカロライナ州(NC)に留学していました。そこは、田舎という点では同じだったけれど、平地で景色の素晴らしいところでした。
この一年間は、今思うととても楽しく充実したものだったと思いますがやはりその反面、辛いこともいくつかありました。私の通った学校には、今までに日本からの留学生がおらず、"偏見"というものが私をおそいました。しかし、それもやはり異国で生活するにあたっての体験であり、貴重といえば貴重なものでした。しかしながら,そんなことがあったにもかかわらず、私がこの留学が成功したと思えたきっかけは、バスケットボールをしたことでした。小さくて小学生のように見られていた私が体格も強さも大きなアメリカの人々の中に入り混じってプレーし、活躍できたことにより、周りからも"天野夏希"という存在をみとめてもらえたのです。バスケもその州の決勝戦まですすみ、州で第2位という素晴らしい成績をのこせることができました。バスケは私にとってなくてはならないものでした。もしも私がバスケをしていなければ、きっとこんなにも"楽しかった"と思えることはなかったと思います。何か自分に得意なものがあるということは、いち早くまわりに溶け込むための一つの手段と思います。
勉強面、そして生活面において私が一番困ったことは単語力のないことでした。友達と話していて「このことをこう言いたい!」といくら思っても単語がわからず、つまずいてしまったことが何度あっただろうか・・・。勉強面においては、普段使う単語はもちろん、その上、専門的な用語まででてくるので、いつでも辞書は手放せませんでした。しかし、わからないところを周りの人に聞いてみたりすることによってまた友達の輪が広がったということもありました。

留学をし、初めて親元を一人離れて生活し学んだ多くの中で一番感じたことは、自分のことは全て自分でしなければならないということでした。日本では、食事から洗濯までほとんどのことを親がやることが多いですが、アメリカではほとんど自分でしなければなりません。留学中に自分は甘えていたなぁと感じたことが度々ありました。また、離れて初めて親への有難みを感じました。もしも私の両親がこの留学に反対していればこんなにも素晴らしい体験はできなかったのですから!!そういったことがこの留学を通じて感じることができた面でも今回のこの留学は私にとって、大成功でした!!
門畠 衣里さん
オークレア(ウィスコンシン州)
2003年7月より、カリフォルニア州ロサンゼルス近郊で3週間の米国内事前研修とウィスコンシン州オークレアで10ヶ月間の高校生活&ホームステイを体験した門畠衣里さんの体験談をご紹介いたします。
参加のきっかけは?
小さい頃叔母に習っていた英語がきっかけで、小学校6年生の時に国際交流プログラムでハワイに行きました。その時に、自分の思いを相手に伝えられなかった事が悔しくて、中学に入ってから大学で英語を教えている叔父に英語を習い始めました。しかし、日常で使う事はほとんどないため、思うように上達しませんでした。それなら海外に行って英語を話しながら勉強しようと思い、留学を決めました。
渡航前の不安と準備
国内事前研修でカウンセラーの方が何でも教えてくれたので渡航前の不安は全くと言って良いほどありませんでした。ただ楽しみでしかだがなかったです。準備では、持って行きたいものがたくさんあったのでとも時間がかかり、大変でした。
米国内事前研修
カリフォルニアでの事前研修は、私がアメリカで生活していく上でとても重要な一ヶ月になりました。同じ留学プログラムに参加した友達と、これからの楽しみやお互いの持つ不安について話しました。高校生活で必要な知識についてもしっかりと学ぶことが出来ました。また、アメリカでの生活に慣れながら、買い物をしたり観光地や遊園地へ行くことが出来ました。
高校生活について
最初は友達がいないし、勉強について行くのも大変だし、正直日本に帰りたいと思うこともありました。でも、良い友達、先生に巡り会って、助けてもらいながら乗り越えることが出来ました。授業はやはり分からないことも多かったし、考え方の違いから衝突したこともありました。だけど、一年を通じて知らなかったことをたくさん学び、自分の良いところをのばすことが出来ました。他にも日本にはない行事があったのでよかったです。
いちばん楽しかった事
ホストファミリーとの生活です。ファミリーとはとても仲良しになり、けんかもするけどお互い助け合ったりして、家族以上の存在になりました。2人の子ども達は小学生だったので、夏は一緒に外で水遊び、冬は雪で遊んだりしました。お母さんとも料理したり、話をしました。
私の行った家は農家だったので、庭も広く馬や牛などの動物もたくさんいたので、馬に乗せてもらったり、牛の出産を見ることが出来たりと、一年中ドキドキしっぱなしでした。
辛かった事
まずは食事です。肉やファーストフードがやはり多かったので、最初の頃は食べられないこともありました。でも、どんな食べ物でも挑戦して少しずつ食事に慣れていきました。ホストマザーに頼んでお米や野菜を使った料理を作ってもらったり、私が日本食を夕食に作ったりして徐々に克服していきました。あと大変だったのが人間関係をつくることでした。学校では友達、家では家族と、言いたいことが伝えられないために苦労しました。克服法は、分からないことがあればとにかく聞く事と喋ろうという気持ちを持つことでした。
留学を通じて得た事
たくさんあります。自己表現が出来るようになった事、たくさんの人に出会えた事、違う文化を学べた事、そして感謝の心を学べた事です。日本で普通の高校生として生活するよりも何倍も成長出来たと思います。
帰国後と将来の夢
帰国後すぐに日本の学校へ戻りました。元のクラスに戻る事が出来たので、クラスにはすぐになじむ事が出来ました。でも、やはりアメリカと日本のギャップに戸惑いました。一年抜けた勉強の遅れを取り戻すのも、また元の規則の中での生活も、肉体的、精神的にも辛かったです。しかし、京都外国語大学に行きたいという目標があったので、どうにかして行ける方法を探しました。そこで見つけたのが海外帰国生徒特別入学試験でした。英語の勉強ももちろんでしたが、小論文の勉強には必死でした。合格が決定するまでは学校の勉強と試験の勉強で大忙しでした。将来の夢はまだはっきりとは決まっていません。アメリカ留学によって考え方が変わった事もあり、前は思っていなかった英語を使った仕事をしてみたいという思いが出てきました。今は大学に入って、語学力と知識を身につけていきたいと思います。
留学生活を振り返り
留学していた期間を振り返ってみると、一年はとても早かった気がします。経験した事すべてが私の人生観や考え方を大きく変えました。途中で諦めなかった事が今の私に繋がっているのだと思うと、本当に諦めなくてよかったと思います。行かせてくれた親や、協力してくれた先生方、励ましてくれた友達がいて本当に良かったと思います。
私からのメッセージ
もしこれから留学する人がいるなら、諦めずに最後まで乗り切ってほしいです。楽しい事もあるけれど、その分辛い事もあるので、そういうときに途中で辞める事だけはしない、そういう強い気持ちを持ってもらいたいです。それ以外は友達作りや勉強などはあまり無理せずに、ゆっくりすればいいと思います。留学をする、しないはその人が決める事だけど、自分を変えたいと思っている人がいるなら、是非行ってもらいたいです。
小島 有加さん
C.D.Hylton High school (バージニア州)
私がこの留学プログラムに参加するきっかけとなったのは、アメリカへの憧れでした。小学校から「私は洋楽しか聴かないの。」なんて言って、英語の歌詞を日本語訳してみたり、洋画もよく観たりして、「アメリカってかっこいい。」と漠然と考えていました。中学に入り、ロサンジェルス近郊のオレンジ・カウンティで1ヶ月ホームステイを体験しました。そして、そのアメリカへの夢が捨てきれず、中学三年生の冬、受験シーズンであるというのに、留学試験を受けに行きました。
高校受験も留学試験も無事合格したのも束の間、大変だったのはそれからでした。まずは英語の勉強から生活をしていくための準備まで、頭がパニックになりそうでした。それから、ホストファミリーの決定という留学生活の中でとても重要なことの知らせを受けたときは、本当に緊張しました。渡米前から彼らと連絡を取ることは、しておくと良いことの一つです。お互いにどういう人物であるのか、文字や写真で伝え合うことも人生の中で数少ない体験だと思います。と同時に、段々と留学に対しての不安が消えていき、楽しもうという気持ちの方が増大していきました。
米国内事前研修では、留学のテイストをちょっぴり味わうといったらよいのでしょうか。午前は英語のクラスがあり、午後はショッピングや、観光スポットを巡りました。また、私と同じ目標を持った、日本全国からの貴重な友達を作ることが出来ました。出身地が違うことから、私たちの中だけでもカルチャー・エクスチェンジをしたのも事実です。よき相談相手が出来たのもこのときです。この3週間は私の留学生活に大きな影響を与えてくれました。
就学地に到着し、落ち着いたところで私は学校が始まる前でしたが、学校のテニスチームに入りました。このことから友達もでき、学校に早くなれることができました。英語力については今思うとそんなにできた方ではなかったと思うのですが、あまり困った記憶は残っていません。というのは、留学生にとって最大の武器になる電子辞書があったからです。先生から出された問題を解くのに最初は時間がかかりましたが、3ヶ月ぐらいたつと、ある日突然気が付くと、英語を英語で理解できるようになっていました。それは、友達や家族に思うように伝えられないという悔しい気持ちがそうさせたのかと思います。
辛かった事といえば、一緒に住んでいたメキシコ人の留学生のことでした。彼女と私はルームメイトでしたが、お互いに何も話さず、沈黙の喧嘩状態が日々続いていました。第三者の現地コーディネーターも交えて、話し合ったところ互いに対して不満を言い合いました。かなり緊迫した空気でしたが、結果的に彼女はホストチェンジをすることになってしまいました。私のお気楽な性格からか、後になって考えてみるとこのことは、これからの人生を生きていく中で大切なことを学びました。それは、自分では他人を変えられない、ということです。十人十色とよくいいますが、まさにそれです。性格が全く逆な人とルームメイトになると、人間は相手の欠点ばかり見えてしまうものです。がしかし、どうしたら彼女がもう嫌な想いをしないで済むか、また自分の何処が行けなかったのかを見つめ直す良い機会となりました。自分は自分で変えるものだ、ということを痛感しました。
多くのことを学び帰国した私は、みんなと少し違った高校一年生になりました。最初は友達と話していても、"Wow!"や"Alright"などと英語を発してしまったぐらい、アメリカの生活に馴染んでいました。クラスメイトは一つ年下でも、時間が解決してくれました。
現在、イラクをはじめとする多くの国々で戦争が巻き起こっています。それらの犠牲者は親を亡くした子どもたちです。時に、彼らは心の病とも闘っていかなければなりません。私は少しでも彼らのために役に立ちたいと思い、心理学を学び、アートセラピストになりたいと考えています。今、私は米国大学に進学を目指して頑張っています。
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